客が戸を開けた瞬間の、その表情や息遣い。
席に座るまでの何気ない身のこなしや、電話相手に発する一言一句。
そういった言行所作の些細な機微を見逃さず、店主は客の事情を素早く読み取って、全てを「誤解」する。
本気で。全力で。一点の曇りもなく。
もはや達人芸の域だ。
ボクたちは日々、他者の理解の不可能性をいなしながら生きている。
抱えた悩みを話しては「わかるわー」なんて相槌をもらう。それが嘘や誤解でも、わかろうとしてくれているその気持ちに慰められる。
日々共に暮らす家族や親友の気持ちすら、本当には把握出来なくてすれ違う。それは当たり前だ、他人なのだから。100%の理解なんて不可能だ。
あなたがボクを愛していると言う。ボクはそれを信じたい。だけど、どうやってそれを本当と確かめようか？
確かめられなどしないのだ。山のような思い出や経験則を積み上げても、最後の一線は見えない対岸を信じて飛ぶしかない。
そこに真実があると信じるしかない。
その点、店主と客の関係には取り付く島がある。
「料理」
店主は、それがいかに誤解であろうと客を思い、願いを込めて、料理を作り提供する。
客は、店主がどう思っているかはさておき、料理の味を堪能し、素直に美味いと思う。
店主と客を結びつける、そこに生まれるたった一点の、努力して信じる必要すらない、誤解なき本当。
店主の生む99の誤解は、この一点の本当に照らされて、客に素朴な真実を認めさせる。
「ボクたちは誤解を生きている。
この悩みだって、誤解かもしれない。」
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